連休、9ヶ月ぶりに故郷の土を踏んだ。
最寄り駅に父が車で迎えに来てくれていた。
車に乗り込んでしばらくすると、父が言う。

「南極に行く船が来とるんやで。ちょっと見に行くか?」

何のことだか一瞬わからなかったが、ややあって、海上自衛隊所属の砕氷艦『しらせ』が寄航しているのだな、と思い至った。『しらせ』は『宗谷』『ふじ』に次ぐ3代目の、現在、日本で唯一の南極観測船だったはずだ。
20時半、普段なら港はとうに闇に沈んでいる時刻である。
それでもあたしは目を輝かせ、迷わずにうなずいた。
東京湾から昭和基地まで、幾度も往復してきた『しらせ』。
老朽化が進み、2年後には廃艦が決まっているこの艦に会えるとは思っていなかったから、思いがけない幸運に、あたしは本当に感激したのである。

真っ黒な海に浮かぶ船体は華々しくライトアップされており、白地に紺のラインが入った制服を身につけた人々がぶらぶらと見張りに立っていた。
全長134m、幅28m、高さ14.5m。
見慣れた漁船とも自衛艦とも海保の巡視船とも全く違う船体は、流氷を割って進む為に幅を広く取ってあり、勇壮で力強く感じられた。なのに、やや丸みを帯びて優しくも感じられた。
船体が明るいオレンジ色に塗られていたせいかもしれない。

艦内が一般公開されているとわかったので、翌日は姉と二人で見学に行った。ブリッジに吊ってあるトランペットに名札を見つけて、笑った。南極の氷にも触れた。ただの氷と同じ手触りと冷たさだったが、中に詰まった大量の気泡が極地の空気を閉じ込めているのかなとか、この上をペンギンがよちよち歩いていたのかなとか、揺らめくオーロラを映したりしてたのかな、なんて思うと、妙にドキドキした。
昔、憧れていた南極が、少しだけ身近になったような気がした。

翌日の早朝、『しらせ』は出港していった。
あたしたちにほんのちょっぴり、冒険心を蘇らせて。

例えもう会えなくても、あたしは『しらせ』を忘れないだろう。

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